【第11回定期演奏会】

ラター:弦楽のための組曲

イギリス生まれのJohn Rutter(今は70歳の現役バリバリ!)はすっきりとした和音と変拍子やジャズを混ぜることで現代性を出して いるポピュラーミュージックの作曲家です。なので弦楽合奏やクラシックが苦手、音楽の素人さん(私もです)でも親しみやすい曲に なっています。

John Rutterと言われてもピンとこないかもしれませんが、数年前にイギリスのウィリアム王子の結婚式で合唱団が歌っ ていた曲をご存知ありませんか?「This is the day」という曲で、この曲も彼が作曲したものです。 

さて、今回演奏する曲は「弦楽のための組曲」なのですが、それぞれの楽章に次のような題名がついています。

第一楽章:A Roving→「さすらい」 第二楽章:I have A Bonnet Trimmed With Blue→「私の青い縁持取りのボンネット」 

第三楽章:O Waly Waly→「おお、ウェイリーウェイリー」 第四楽章:Dashing Away→「アイロンをかけまくる」 …と

それぞれの楽章が、んんっ!?と思うような題名ですね。作曲背景はラブソングだったと言われています。

曲のききどころは、一・ 四楽章のシンプルで気持ちの良いメロディーと楽しくなるリズムや、二・三楽章の優しいメロディー部分です。それと何と言っても三 楽章のソロの美しいヴァイオリンの音色です。 

楽しみながら気持ち良く聴いていただけるよう、そしてJohn Rutterの世界観を出せるように気持ちを込めて演奏します!

ボッテジーニ:パイジェッロのアリア「うつろな心」の主題による変奏曲』

      (弦楽合奏編曲:南出信一)  独奏:南出信一

ジョヴァンニ・ボッテジーニ…(1821~1889)イタリアの作曲家、指揮者、コントラバス奏者。卓越した技巧故に「コントラバスの パガニーニ」の異名をとった。 ○ジョヴァンニ・パイジェッロ…(1740~1816)イタリアのオペラ作曲家。

有名なオペラアリアの一つに「うつろな心」がありボッテ ジーニのみならずベートーヴェン、パガニーニ等がこれを主題による変奏曲を作曲している。

優れたコントラバス奏者でありヴェルディ「アイーダ」の世界初演を任される程指揮者としても卓越した技量を誇っていたボッテジ ーニはオペラ指揮の際に、しばしばコントラバスを持参し幕間に当夜のオペラを編曲した幻想曲を弾き振りし観客を楽しませたとの事。 その形に添ってパイジェッロのオペラ「La Molinara」に編曲し幕間に演奏したのがこの曲という事になります。 

但し話を現代に置き換えたならば、さしずめ指揮者が「椿姫」・「ローエングリン」等の指揮の幕間で舞台にピアノを持ち出しアリア の主題による変奏曲をいきなり弾き始めるようなもの。観客によっては「何これ?」とも取られる行為かも知れません。 19世紀のイタリアの歌劇場では指揮者が自分の得意分野(ピアノ・声楽など)の自作自演を幕間に披露し、それに応えて観客が喝采の 拍手を送る。誠におおらかで愉快な光景が連日繰り広げられていたという事です。ですから皆様もゆったり構えて南出先生の妙技に唸 り、楽しみ、堪能して頂ければ何よりかと思います。

そして「コントラバス凄い」「こんな事迄出来るの」とこの楽器に興味を持たれた 貴方。 南出先生などとてもおこがましい

ですが我々はコントラバス奏者にはなれます。レッスンに通いながら自宅練習に励んでも十分 間に合う楽器だと思います。

アマチュア・オーケストラ一同は貴方をお待ちして居ります。仲間に入りませんか。

モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク

モーツァルトが作曲したセレナード(小夜曲)の中で最も有名な作品です。 アイネ・クライネ・ナハトムジークとは「小さな夜曲」と言った意味のドイツ語です。モーツァルトが作曲した最後のセレナード(第 13番)で31歳のときの作品です。前年の1786年には「フィガロの結婚」が大ヒットし、モーツァルトがのりに乗っていた時期に作曲 された曲です。

この曲がドイツ名そのままで親しまれているのも人気の高さを反映しています。この曲はモーツァルトが亡くなって36 年後に初めて出版され、その数十年後に人気を博したそうですが、作曲の目的も演奏歴も謎に包まれたままのようです。

 

第1楽章 全合奏による力強く輝きのある第1楽章で始まります。「ソ、レ、ソ、レ、ソレソシレ」と言うユニゾンによる分散和音の第1主題 は、特に親しまれています。練習中も指揮の南出先生に1小節ずつ気をつけるポイントを教えていただきました。「正確に、前に出てき たメロディと違うものを弾くように、ここで息を吸って、弓を早く、指に集中して」と一音一音の大切さを体で感じながら練習しまし た。そして、モーツァルトは強弱記号のフォルテとピアノは使うけれどメゾフォルテやメゾピアノはほとんど使っていないことも知り ました。そのためフォルテとピアノとの区別をはっきりつけ、クレッシェンドを見て、どこでどれくらいの大きさにするかを考えなが ら弾くことも大切に練習しました。 

第2楽章 ロマンツェと名付けられた3部形式の楽章です。シンプルでありながら夢のような最初に出てくるメロディは、心を和ませてくれま す。中間部は曲想が変わりますが、緊張感が高まった後、最初の主題が戻ってきて、楽章は静かに終わります。 

第3楽章 明確で力強い3拍子のリズムの上にのびやかなメロディが出てくるメヌエット楽章です。中間部は、さわやかに流れるような音楽に なり、その後、最初のメヌエットに戻って楽章が結ばれます。 

第4楽章 ソナタ形式風のロンド形式で書かれた軽快な楽章です。最初の駆け上がる様な軽快な音楽から始まり、少しずつ変化しながら発展し ていきます。終曲まで実にいきいきとした華やかな楽章です。 

 

中野雄著「モーツァルト 天才の秘密」の中では、次のように評されていました。 『音楽家として幼いモーツァルトが大人でも苦労するような大旅行を続けながら父の指示によって、次々に多くのことを学ばされてい った。その部分だけをとれば、まるでいたいけな少年に詰め込み主義で教育したようにも見えるが、おそらくモーツァルト少年にとっ て、それは「好きでたまらない」音楽を稀有の条件で向上させることのできる喜びの時間だったに違いない。』 

そんなモーツァルトの曲を弾くことのできる喜びを感じながら演奏したいと思います。そして、この曲について、指揮の南出先生曰 く、「爪楊枝で建物を作っていくような曲です」。より正確な音程とリズムが求められます。奥が深いです。「どこまで積み上げられる か。」…どうぞお楽しみください。

ニールセン:弦楽のための小組曲 イ短調.Op.1

デンマークのカール・ニールセン(1865-1931)はノルウェーのグリーグやフィンランドのシベリウスと並ぶ北欧の大作曲家ですが、 上流階級でもお金持ちでもインテリでもなく貧乏な家庭でたくましく育った人で、庶民的で親近感が湧きます。童話の王様アンデルセ ンと同郷のフューン島で、なんと12人兄弟姉妹の7番目の子として生まれました。

お父さんはペンキ職人の傍ら、村の楽隊でヴァイオ リンを弾いたり、コルネットを吹いていました。ニールセン少年は6歳頃にお母さんが歌うメロディーをヴァイオリンで音探ししなが ら遊び弾きしたのが音楽の手始めだったようです。8、9歳頃にお父さんと学校の先生からヴァイオリンの手ほどきを受けました。それに先んじて作曲も始めていました。

そのような「天才」も、家計の足しに家業の手伝いや瓦工場のアルバイトをしたり、学校帰りによその村の子どもたちと喧嘩するな どヤンチャっぷりも示し、大作曲家らしからぬ生活感たっぷりのエピソードが自伝『フューン島の少年時代』に語られています。そん なおおらかさが楽曲にも表れているようです。

14歳で学校を終えると猛練習して軍楽隊に入隊してホルンやコルネットを吹く傍ら、ピアノの練習や作曲の勉強を始めました。18歳 でコペンハーゲン音楽院にヴァイオリン専攻で入学し、卒業後に弦楽四重奏曲第1番やこの「弦楽のための小組曲」を作曲します。や がて王立劇場オーケストラのヴァイオリニスト(後に指揮者)を務めながら、交響曲第4番「不滅」など6曲の交響曲や協奏曲、管弦 楽曲、オペラ、室内楽曲、歌曲を作曲しました。 「小組曲」は作曲家として室内楽から交響曲へのステップアップに書かれた作品だけあって、短いながらも思いの丈をいっぱい詰め込 んだスケールの大きい弦楽合奏曲で、北欧っぽい(?)清涼感があります。 伴奏音形のリズムと縦横に流れるメロディとの絡み合いが難しく、都島ストリングスの合奏練習ではいつも際どさ・危うさを感じな がら弾いていました。果たして本番はどうなることでしょうか?

第1楽章 前奏曲 アンダンテ・コン・モート 怪しげな伴奏音形のなかからチェロの循環主題が奏でられ、第1ヴァイオリンに引き継がれて抑制されながらもやがて悲壮感たっぷ りに盛り上がっていきます。

第2楽章 間奏曲 アレグロ・モデラート 主部はニ短調のワルツで諧謔(かいぎゃく)というか皮肉っぽい曲想ながらスケール感豊かに盛り上がります。途中でイ長調のトリ オが軽妙洒脱ながらも、3連符のリズムに支えられた伸びやかな第1ヴァイオリンのメロディが歌われます。

第3楽章 フィナーレ アンダンテ・コン・モート/アレグロ・コン・ブリオ 第1楽章の循環主題がイ短調で第2ヴァイオリンで

奏でられ、ゆったりと盛り上がったと思いきや、イ長調のアレグロ・コン・ブリ オで疾走します。おおらかなメロディと力強いリズムが相まって、明るく力強く盛り上がっていきます。


指揮・独奏 南出信一

16才よりコントラバスを始め、1972年 京都市立芸術大学音楽学部に入学。入学と同時にテレマン室内管弦楽団に入団、在学中にハンガリーのコダーイ弦楽四重奏団とシューベルトの『鱒』を共演し好評を得る。

1993年、左手人指指故障により同楽団を退団。翌年フリーの演奏家として復帰、現在に至る。

コントラバスを西出 昌弘氏、ゲ-リ-・カ-氏、室内楽を故、黒沼 俊夫氏、ゲルハルト・ボッセ氏、指揮を堤 俊作氏に師事する。

現在、神戸女学院大学、京都市立音楽高校、兵庫県立西宮高校の各音楽科講師、和田山少年少女オーケストラ指揮者、ライツ室内管弦楽団を主催。

ゲストコンサートミストレス 吉矢千鶴

6歳よりヴァイオリンを始める。大阪教育大学教養学科芸術専攻音楽コースを経て、同大学院を 2004年3月修了。第17回和歌山音楽コンクール弦楽器部門大学生以上の部第二位入賞。2006年ピ アニストの岡一美氏とデュオリサイタルを開催。

2015年4月大阪府医師会交響楽団とチャイコフ スキーのヴァイオリン協奏曲を共演。

現在はソロ、室内楽、オーケストラなどの演奏会に出演し、関西を中心に演奏活動を行う。

これまでに中島美子、池川章子、稲垣琢磨各氏に師事。木野雅之、豊田耕児、ツヴィーアウアー、F・アーヨ、各氏の講習も受講。

バロックアンサンブル「ムジカ・ステランタ」、声楽と管弦楽器のアン サンブルカンパニー『HERBrillante』に所属。